彦五郎の長男、源之助(俊宣)は相当、写真を撮っていたようです。
その古写真の中から、面白いものを見つけました。
嘉永2年の大火により、佐藤家を含むこの一帯は全焼しました。
日野宿の大惨事に名主をして、どのように対処すべきなのか…
彦五郎は八坂神社に詣でる事を、心のよりどころにしていたのでしょうか。
とんでもない人物の写真を発見しました。
それは鈴木亀吉という人物の写真です。
現在、日野宿本陣に展示してありますが、上棟した折の棟札に、棟梁・鈴木亀吉とあります。
また、ご存知の方も多いかもしれませんが、その棟札には、後に新選組に入った大石鍬次郎の名前も書かれています。
鈴木亀吉とは、彦五郎邸の大工の棟梁なのです。
ここに登場する工匠・鈴木亀吉は、彦五郎邸の大工の棟梁です。
鈴木亀吉の写真というのは、祇園社の大きな額の横に立っている古写真です。
他に祇園社の表の古写真、裏の古写真も見つかりました。
おそらく、新たに『八坂社』の額に変える時、下ろした古い『祇園社』の額を写したのでしょう。
明治7年頃の写真かと思われます。
鈴木亀吉さん、職人肌で仕事に対して頑固だったのでしょう、しっかりしたお顔で映っています。
写真について詳しいことは、また改めてアップ致します。